おまえたちには逢えない だからできる事を考えたんだ 

おまえたちには逢えない だからできる事を考えたんだ 

おまえたちには逢えない だからできる事を考えたんだ 

父が亡くなったという知らせの手紙を受け取った。

二十年前に愛人をつくって、
母と私と妹を捨てて出て行った父。

風の便りで、子どもをひとり作って遠くで暮らしている
ということは知っていた。

手紙はその愛人からだった。連絡するかどうか迷った。

母は3年前に亡くなっている。妹は会いたくないと言った。
母が苦労した姿を見てきたからだろう。

私も思いは同じだったが、半ば長男の責任感から、
先方の家へ行くことにした。

小さな家だった。借家だろうか。

建てつけの悪い引き戸を開けると、
想像とは違った、針金のように痩せた60代くらいの女性と、
16歳くらいの少年がいた。

焼香を済ませ、あいさつもそこそこに引き上げようと立ち上がると、
彼女は申し訳なさそうに封筒を渡してくれた。

「直接渡す勇気が無かったんだと思います。申し訳ありません。」
とか細い声で彼女は頭を下げた。

そこには電話番号のメモと保険の証券が2枚入っていた。
受取人は私と妹。

メモの連絡先に電話して、
保険の手続きに自宅へ来てもらうことになった。
妹も同席させた。

自宅へ来た保険代理店の人は、
きちんとファイルと書かれた書類を開いて、加入内容を教えてくれた。

死亡保障という項目の保障内容の所には、
『すまなかった』と書いてあった。

「これは?」

「お父さんが保険の相談に来たときは、
とにかく生命保険に入ると言って何も話してくれなかったんですよ。
その頃64歳だから3年前ですね。」

3年前?母が亡くなった年だ。

「普通そのくらいの年齢で相談に来る人は、
医療保険が目的の人が多いのに、
『そんなものはいらない。生命保険に2つ入りたい』
と訳ありな感じでした。」

父は代理店の人を少しずつ信用していったようで、

・家族を捨てて愛人と出て行ったこと。
・母が亡くなったことを聞いていたたまれない気持ちになったこと。
・私と妹に何度も会いに行こうと思ったが、できなかったこと。
・何かできることがないかと思って保険を・・・と思いついたこと。

その時のことを教えてくれたあとに、分厚い封筒を渡してくれた。

今の妻には見せたくないので、
保険の請求のときに渡して欲しいと頼まれたそう。

妹とふたりで封をあけた。

・母の死を聞いて、私と妹になにかできることはないか・・・
 とずっと考えていたこと。
・保険で残すことぐらいしかできず申し訳ないと思っていること。
・腹違いの弟は自閉症なので、資産のない母子とあまりもめないで欲しいこと。
・とにかくよろしく頼むと、何回も書かれていた。

私も妹も、父を許す気持ちになれなかったが・・・
なぜか二人とも、涙が止まらなかった。

代理店の人が帰ったあと、妹が言った。

「私の弟に会ってみたい。一緒に行ってくれる?」




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